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ハルピンのホテルの朝食の様子です。どのホテルもバイキング形式で
好きな料理を好き
なだけ食べることができます。昼食・夕食が中国料理になりがちですから、日本人の場合、洋食を食べてバランスを取る人が多いようです。
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華旗飯店
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ロマンチック酒店の「長恨歌」
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黒龍江省滞在中によく食べるものをご紹介します。抜絲地瓜は油で揚
げたサツマイモ(カボチャもある)に煮詰めたあめ状の砂糖をかけたもので、熱いうちに箸で取ると糸を引くのでこの名が付けられました。手前にある水(また
はお湯)で糸を切ります。少し冷めるともうくっついて容易に離れなくなります。右の写真は海老の天ぷら・ジャガイモの千切り・揚州炒飯です。海老の天ぷら
は胡椒で味付けをします。
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抜絲地瓜(バースティークァ)
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海老の天ぷら
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黒龍江省でハルピン市以外に戸籍を持つ人との国
際結婚の婚姻登記は、こちらで手続を行います。近くには開発区があり高層マンションが立ち並んでいます。
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ハルピン市(方正・延寿・通河も含まれます)に戸籍を持つ人との国
際結婚の婚姻登記はここで行います。建物正面玄関から入ってすぐ右側の部屋にあ
り、
中は受付とベンチがあるだけの簡単な作りです。この日は休みの日でしたが、ドアが開いていて中に入ることができました。
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新しくできた商業施設「ハルピン万達商
業広場」にあるモニュメントです。ハルピン市内のモニュメントはこれからも増えていきそうです。
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大道芸人
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靴修理屋
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兆麟公園はハルピンの中心部、中央大街に程近いところにあり、民族的英雄李兆麟が祭られています。有料ですから園内は空いています
し、特別のものがあるわけではありませんが、冬季は氷雪祭りの会場になることでも知られています。
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ハルピンと地方との交通手段はバスが一般的です。バスターミナルはいくつかあり、方正へは市東部にある三クー樹バスターミ
ナルを使います。40分おきに出ていて便利です。バスといってもマイクロバスで中は前の座席との間隔が狭く窮屈です。高速を走るので乗客は全員座ら
なければな
りません。私たちも以前はこのようなバスを使っていましたが、最近は荷物も多くなりましたし、体も楽な乗用車を使うようになりました。
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面接を終わりハルピンへと戻りました。途中方正から近いところに湖が見えます。高速道路の上り線は一応修復が終わり、車線規制はあり
ませ
んでした。ただ、下り線のように綺麗に舗装し直されるのはしばらく経ってからのことでしょう。
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面接をしているといろいろな方が差し入れをしてくれます。左の写真は左から梨・リンゴです。その小ささが分かるようにバナナを置いて
撮りました。こちらでは日本では知られていない品種があります。右の写真は沙果です。果肉は柔らかく少し酸っぱいです。
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7月に方正で撮り公開しました「建設ラッシュ」(バックナンバー2にあります)のその後の様子です。わずか3ヶ月の間に外装は完成に
近づ
いて
いました。こちらの建物は耐震を考えな
くていいだけ、日本より竣工にかかる時間は短いです。
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方正の町の一戸建てとマンションの様子です。左の写真には各戸に煙突が見えますが、暖房で石炭を燃やすためにあります。特に夜はベッ
ド台
を暖かくして眠るのは、日本では見られないものです。マンションの場合は集中暖房やエアコンを使います。両方とももちろん二重窓です。
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奥に見えるのは「開発区」です
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方正一の洒落たマンション
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屋台のそばで果物とお菓子の露天商が店を開いていました。果物は手前から沙果(リンゴに似ている)・みかん・ぶどう・キュウイが並ん
でいます。熟度はさまざ
まなので味見をしてから買います。お菓子は手前3つがひまわりの種・奥が左から珍子・花生・ポップコーンです。
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通河入りした日は仕事もなく、日の暮れた町をそぞろ歩きをしました。通りがけに目に留まった屋台で夕食を済ませることにしました。注
文をするとフライパンで調理しタレを塗ってくれます。「臭豆腐」を頼みましたが、名の通り美味しくはなかったです。
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表で注文
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裏で調理
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松花江に着くとフェリーにミニバスが4台も乗り込もうとしていまし
た。最後にギリギリ甲板に上がりこむことができました。夜はスタッフと3人でホ
テルの近くのマッサージ店に行きました。全身は1時間20分かかるということで50分で終わる足裏マッサージ(20元)を頼みました。私のところに来たの
は一番力がありそうな男で実際恐ろしく痛かったです。スタッフ2人は気持ち良さそうに目をつぶっていたのですが・・
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足裏マッサージ
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方正に近くなると会発鎮という小さな町を通りました。「鎮」は「県」の下の行政組織です。方正の町外れには
方正県政府の建物があります。他の県政府に比べてその立派さに驚かされます。この周囲は新しく開発されている場所で、近いうちにマンション等が
立ち並ぶことでしょう。
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会発鎮
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方正県人民政府
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延寿から方正へは延々と並木道が続きます。尚志から延寿は綺麗に舗装されていますが、こちらは下は土ででこぼこしています。それでも
運転手は気にすることなく飛ばしていました。快晴の青空と並木道の組み合わせが美しかったです。こういう景色は地方でしか見れないものです。
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延寿の町を離れて方正経由通河へと向かいました。久しぶりに快晴になり気候もちょうど良くすがすがしい気分です。途中刈り入れが
済んで、稲が野済みにされているのが見えました。これから脱穀作業に入るようで
す。
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延寿を離れて
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延寿の町の様子です。食堂街には田舎の匂いがプンプンしていますね。写真にも見える鍋料理屋で昼食を食べましたところ、3人で29元
(約
420
円)でした。狗肉の看板も見えますが、これは犬の肉を食べさせるところです。
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延寿県人民政府
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食堂街
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有料道路を1時間ほど走って延寿の町に着きました。方正とはまた少し趣が異なり、さらに田舎の雰囲気がします。泊まったホテルでは早
速
雨
漏り対策に追われました。地方のホテルは大抵水周りがよくなく、この日も全くお湯が出ずシャワーを浴びることができませんでした。
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女性面接のためにハルピンから延寿へ移動しました。ハルピンを出るときは綺麗に晴れていたのですが、途中から雨になってしまいまし
た。牡丹江へ向か
う高速を尚志インターで下り、さらに延寿への有料道路へと入りました。
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延寿料金所
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華旗飯店の隣にかまぼこ型の大きなショッピングモールができました。「紅博世紀広場」と名づけられ、長さは数百mはあろうかと思われ
る巨大な建物です。これほど大きなモールは見たことがあ
りません。通路の途中からでも先を見通すが
できませんでした。
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青島からハルピンに着くと何かを象徴するように霧が立ち込めていました。ハルピンは黒龍江省の中で一番発展している街ではあります
が、中国沿岸部の先頭を走っている街との違いを感じざるを得ませんでした。華旗飯店は今年開業の開発区にあ
る高層ホテル
で、その隣に大規模な商業施設もできました。
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青島空港のターミナルはできたばかりということで、新しく適度な大きさで掲示も分かりやすく利用者にとっては使いやすい空港です。昨年同じ山東省の煙台空港を使った際には、一つの搭乗口に入れ替わり立ち代り乗客が殺到
し、一体どの飛行機に乗ればいいのか分からず往生したのとは対照的でした。
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八大関風景区の先は新市内へと通じる東海西路があります。特に第三海水浴場へ出たところは、目の前に浜辺が広がり向こう側には高層ビルが林立して眺めが最高です。青島滞在の最終日
は抜けるような青空で気持ちよく過ごすことができました。
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海岸沿いにある八大関風景区は1930年代から各国の富豪の別荘地として栄えたところです。中でも花石楼(かせきろう)は代表的な別荘建築で、花崗岩を用いた瀟洒なたたずまいからこの名が
付けられました。国民党の蒋介石がここに滞在し、国共内戦の指揮
を取ったことで有名です。また、追われてここから台
湾に逃れたという話もあります。建物の中には蒋介石が用いた椅子やベッド・ソファーがあり当時を追想することができます。
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花石楼から見た第二海水浴場
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